歴史上著名な人物のゆかりの品・建物,伝説の場所    
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聖徳太子 総泉寺(板橋区小豆沢)の薬師堂に祀られる薬師如来は聖徳太子の真作にして、左右の脇壇に十二神将の像を置いている。徳川吉宗が清水薬師と命名した。 薬師如来
行基 吉祥院(川口市南町)の本尊・毘沙門天は行基が天平年間(729〜49年)聖武天皇の勅頼により敬刻開眼した像。太田道灌が江戸城西の丸を築いた際に北方を守護する本尊として祀られた。 毘沙門天
行基 観音寺(北区浮間)の観音堂は足立板東観音霊場、第23番札所です。『新編武蔵風土記稿』によりますと、「 観音堂−正観音を安ず、行基の作なり 」の記述があります 正観音
行基 光徳寺(さいたま市見沼区)の聖観世音菩薩像は正徳3年(1713)麻布龍穏寺住職好外和尚によって寄贈された。その後、栃木市の傑峯寺に移ったが、夢のお告げで当寺へ戻された。 聖観音
菅原道真 錫杖寺(川口市本町)の天満宮祠に祀られるご神体は今からおよそ1,100年前道真公自らの作として伝えられ、梅樹の根より穿出(せんしつ)せしものという。 天満宮祠
平将門 密蔵院(川口市安行原)、将門の念持仏であった地蔵菩薩像を上洛の折りに当山に奉安した。平安時代藤原期の造立で慈覚大師円仁作の伝承。 地蔵菩薩
慈覚大師 西光院(川口市戸塚)、本尊は慈覚大師円仁作の不動明王像で霊験のあらたかな尊像のため秘仏として安置される。12年に一度だけ不動尊の守り年である酉年に開帳される 不動明王
最澄 薬林寺(川口市朝日)、日光道中絵図には、『境内の薬師堂には伝教大師(最澄)作にして岡の薬師と号す』、と記述があります 薬師如来
空海 西福寺(川口市西立野)、弘仁年間(810〜824)に弘法大師が国家鎮護のため創建したと伝えられる古刹である。三代将軍家光公の長女千代姫が奉建した三重塔がある。 西福寺
空海 岩槻大師彌勒寺(さいたま市岩槻区)の本尊、不動明王は大同2年(807)5月弘法大師ご巡錫の折り五大力尊と共に一刀三礼にして謹刻された 岩槻大師
左甚五郎 密蔵院(川口市安行原)、大黒天像は脇侍の狛犬と共に左甚五郎の作。狛犬は入魂の出来映え故に夜ごと出歩くようり、出歩かないように像の前に網をかけたという。「網掛け大黒天」 大黒天
左甚五郎 国昌寺(さいたま市緑区)の山門は江戸時代中期の建築。欄間の龍は、左甚五郎の作と伝えられるもので、棺を担いでこの門をくぐり抜けると、龍に中身を喰われて軽くなるという伝説をもっている 山門
霊亀 亀ヶ池弁天(赤羽西1−29)、今は小さな池だが大昔はうっそうとした木立に囲まれた大池だった。江戸名所図会に「亀が池、むかし、この池より霊亀出でけるより名付けられる」と記述あり 亀ヶ池