稲付一里塚 北区赤羽西2-8-19
【稲付一里塚】
JRに沿って走る道で、 赤羽西2-8-19 住居表示が変更になる前は「稲付(いなつけ)」と呼ばれていた。随分前から道路拡幅工事が行われており、北区の解説板は撤去されていてしのぶ物は何もない。
この辺の沿道に一里塚が築かれていました。
日本橋を起点とすると稲付の塚が三里目 (約11.8キロメートル)にあたり、この塚を過ぎると御成道の最初の宿場 である岩淵宿に向かいます。稲付村内の御成道は総延長約六丁半 (約709.1メートル)で、幅は二間半(約4.5メートル)から四間(7.2メートル)位と記録されています。
明治中頃まではその跡があり、村の掲示場として官有地だったようですが、明治21年に隣地の所有者に払下げられ現在は残っていません。
(北区サイトより)
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日光御成道(岩槻街道)は現在・都道73号線という。道幅が狭く7〜8mだったのを2014年ころに20m(車道11m+歩道9m)にする拡幅する工事の途中。 |
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