岩淵宿
【岩淵宿】
荒川を挟んで岩淵宿と川口宿があった。
岩淵宿は岩槻道の最初の宿場。日本橋から三里八町、宿の長さは四町二十一間、道幅四間とある。旅篭屋は若松屋、大黒屋が有名で本陣は小田切氏が代々勤める。川口と合い宿として月の前半後半で宿場の役目を交代した。実際にはほとんどが日光街道の千住宿を利用したのであまり活気はなかった。
しかし宿場の機能とは旅人に宿を提供するばかりではない。むしろ江戸内外の物資の運輸や郵便通信などの問屋場業務のほうが政治的社会的には重要で、多くは本陣が直轄して運営されていた。ことに岩淵は街道交通に加えて荒川の上流下流の水運もあったのでその意味では物資が集積する賑わいのある町だった。(「赤羽時間旅行」より引用)
写真左は小山酒造脇に建つ「岩淵街道問屋場跡之碑」と小山酒造(2018年2月28日で廃業)。