写真は、北区赤羽西2丁目地内、急斜面の崖が崩れるのを補修する工事を行っているお知らせの看板です。 これを見て、昔の話を思い出しました。 話は80年以上も前の戦争中です。右図の崖と表示しているところは、三方が崖で窪地状況地です。そこに、帝国コンデンサーという工場が操業してました。 私の叔母が20代の頃、勤労で働いていました。そんなときに空襲警報が鳴りました。防空壕は崖にトンネル状に掘ってあり、そこに避難しました。叔母は、行動がゆったりしてまして、最後の方になってしまってそうです。 空襲の焼夷弾がまかれ、崖が崩れてしまった。空襲が去った後に、防空壕にかぶった土をどかして、叔母は入り口近くでしたから助かりました。奥に避難した人は犠牲になってしまったとか聞きました。 その崖が、戦後80年を過ぎて補修される掲示を見て、古い話を思い出しました。 |
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